衆議院総選挙10日目。本日は、社民党選挙公約の「5. 平和外交で日本とアジアの平和を実現」の項目の中で、憲法問題にフォーカスして議論したい。


ご存じのように、社民党は前身の日本社会党の時代から「護憲の党」として、日本を再び戦争のできる国にするための憲法改悪に、全力で反対してきた。現在の日本国憲法は、前の戦争、アジアで2000万人以上、日本でも300万人以上の人々が犠牲となったと言われる、あの無謀で悲惨な戦争に対する強い反省のもとに生まれたものだ。

ご存じのように、現憲法の3つの大原則は「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」である。これらは、平和で民主主義的な日本を作っていくために最重要な原則だ。戦前の日本の憲法(大日本帝国憲法)にはこれらの原則が欠けており、特に国民の基本的人権が踏みにじられ、国民も戦争に反対する声も挙げられない状態に追い込まれた結果、あの無謀な戦争を防ぐことができなかったのだ、と思う。

現憲法が施行された1947年の翌年、国連でも「世界人権宣言」が採択され、
基本的人権の保障が世界平和の基礎であるとの考え方が主流となり、「基本的人権の尊重」は世界のルールとなった。現憲法はこのように、第二次大戦後の「平和を希求する人類」の理想をかかげたものであり、上記の三原則全体を位置付けている「前文」、多様な人権保障を規定した11条、13条、24条、97条、また権力分立を定めた41条、65条、76条、「法の支配」を貫徹するための98条、81条など、多くの条項が相まって「世界でも先進的」といわれる憲法体系を形成している。私たちの憲法は、世界に誇るべき憲法なのだ。

ここで「法の支配」について、少し補足したい。「歴史の終わり」で著名なアメリカの政治学者フランシス・フクヤマは近年の大著「政治の起源」で、民主主義が近年、うまくいっていないように見えるのは「民主主義の理念」が問題なのではなく、むしろそれを実行する「制度」が問題なのだ、と主張している。そこで鍵を握るのは、「国家」「法の支配」「説明責任を持った統治機構」の3つの要素の均衡にある、という。「法の支配」は、具体的には権力者といえども憲法を頂点とする法体系に従って政治を行わなければならない、ということだ。一言でいえば、法を超える権力は行使してはならない、ということだ。

上記のフクヤマの論から見ると、今の日本の政治には「国家」はあるのかもしれないが、「法の支配」、「説明責任」の2つの要素がかなり危ういのではないか、と思わざるを得ない。約9年間続いた安倍・菅政権では、憲法無視・法律無視の権力行使、憲法違反の法律の強行、など「法の支配」を全く無視した政治が続いてきた。

具体的には、秘密保護法、共謀罪、戦争法、最近では重要土地調査規制法のように、憲法違反、国民の基本的人権をないがしろにする法律を、多くの国民の反対の声をよそに、国会での数の力を頼りに強行採決してきた。

また菅政権では、学術会議会員の任命拒否問題のように、憲法の「学問の自由」という大原則を直接、侵害するような強硬な政治姿勢を進めてきた。「学問の自由」の侵害は、まさに戦前の日本が、「京大事件(滝川事件)」という学問への権力の介入をきっかけに、国民の表現の自由・思想信条の自由も次第に失われていった結果、前の無謀な戦争へとつながっていった歴史を振り返れば、絶対に許してはならない権力の暴挙だ。この問題の重要性を認識し、日本の将来を憂える多くの学者や市民が、任命拒否の撤回・6名の新会員の即時任命を求めて署名活動などを展開したが、政府はいまだに、任命拒否の撤回をせず、拒否の理由も明らかにしようとしていない。

まさに、フクヤマの指摘する第三の要素、「説明責任」を果たそうとしない政府のありさまが、ここにはっきりと表れているではないか。学術会議会員任命拒否の問題だけでなく、新型コロナ対策についても、「後手・後手」といわれた不手際さ、非合理性だけでなく、国民に何も説明しようとしない政権の姿勢に、多くの国民が不信感を抱いた結果、安倍・菅政権とも退陣に追い込まれることになったのではないか。

今、必要なのは「説明責任」をきちんと果たす「まともな」政府であり、現実の問題を科学的・合理的な観点から正確に把握し、実効性のある感染症対策を立案・実行できる「能力」のある政府だ。「説明責任」も果たさず、現実の問題を解決する能力もない政権には、退陣してもらうしかない。

憲法について話を戻すと、現憲法には改正のための手続きを96条で定めており、決して「不磨の大典」ではない。しかし、勘違いしてならないのは、憲法を変える権利があるのは国民であって、国家権力を担う側、つまり政府・首相や与党政治家が改憲の旗振りをするようなことは、憲法99条の規定からして、許されない。

日本国憲法・第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

憲法は国民を律する法律ではなく、逆に国民の側から権力の暴走を防ぐために権力を制限することを目的とする(立憲主義の考え方に基づく権力制限規範)ものだから、これは当然のことである。

自民党の進めようとしている改憲の本質は、憲法によって行動を制約されている権力側が、もっと自由に権力を行使したい、ということにある。

現在の日本は、政治が本気で取り組み、具体的な解決策を探り、実現していかなくては解決できない、さまざまな社会的な問題を抱えている。社民党は、現在、日本が直面している問題の多くは、せっかく私たちが手にしている憲法の理念が活かされていないために起こっている、と考える。社会にさまざまな行き詰まりが目立つのは、憲法が原因ではなく、憲法の理念を活用しようとしない政府の責任だ。今、変えるべきは「憲法」ではなく、「政権」そのものだ。

この選挙で自公政権を退陣に追い込めなければ、「憲法を活かせない」政治が続いていってしまう。社民党は政権交代を実現し、「憲法を活かす政治」を作りあげていくために、全力でたたかっていく。

(2021.10.28)