新型コロナの感染者が日々増加し、多くの国民が不安に直面している。この「国難」とも思われる事態に対して、政府は何ら有効な対策を取らないばかりか、国民の6割以上が反対(世論調査による)している「GoToキャンペーン」を強行し、感染をさらに拡大させようとしている、とさえ見える。

そのような政府の「いのちと暮らしの無視・経済最優先」の政策に対する国民の怒りは、日々下がり続ける政権支持率、上がり続ける政権不支持率に直接、反映されている。

新型コロナ感染症は今や世界中に蔓延し、「人類共通の敵」となっているが、今年の始めから半年以上にわたる各国の新型コロナとの戦いの中で、「コロナとの戦い方」の国際的なスタンダードと呼べる方策も、明らかになってきた。感染の震源地となった武漢では、最近の数か月にわたって市中の新規感染者をゼロに抑え込んでいるし、台湾・韓国・ニュージーランドといった国も、ほぼ感染の抑え込みに成功している。

これらの国が取っている「徹底的なPCR検査の実施によって無症状の感染者を見つけ、適切に隔離・治療することによって、市中感染率を下げる」という政策は、すでにその有効性が示されており、「新型コロナとの戦い方の国際スタンダード」と言っても良いだろう。

一方、残念ながら日本では、感染拡大の初期から現在に至るまで、「PCR検査数が増えない」という致命的な障壁がある。PCR検査数を意図的に抑え込んだ結果、感染の第一波では多くの院内感染による医療現場の混乱、症状があっても検査を受けられない人が増加し、その間に急激に重症化して死亡する人が出るなど、混乱を招いたため、今では「PCR検査体制をもっと拡充すべき」という意見が主流になってきたものの、現実の検査数が飛躍的に増えたわけではない。世界各国のコロナ関連の統計を集計している米国のサイトによると、日本の人口100万人あたりの検査件数は7月28日時点で、世界215の国・地域中、159位という少なさ(ちなみに、158位はアフリカのウガンダ)だ。

このような状況下で、いくつかの自治体では「国がやらないならば、自分たちがやるしかない」とPCR検査体制を拡充して感染拡大を防ぐ、独自の取り組みを始めている。その中で最も注目されている取り組みが、保坂展人世田谷区長が主導する「世田谷モデル」だ。「デモクラシー・タイムス」がこの世田谷モデルについて、保坂区長に直接、インタビューした動画を配信しているので、是非ご覧いただきたい。



「世田谷モデル」で実現しようとしている「いつでも、どこでも、何度でもPCR検査を」という政策こそが、市中感染者を減少させ、「人々が安心して経済活動に専念できる」環境を作り出すことで、真に「感染症対策と経済活動を両立させる」方法であることは、すでに世界的に多くの国が実効的に証明しているが、本記事では、さらにその理論的な裏付けとなる画期的な論文についても、ご紹介したいと思う。

その論文とは、今年の5月18日に「物性研究・電子版」という物理の雑誌に掲載されたもので、著者は九州大学名誉教授で現在は科学教育総合研究所所長の小田垣孝氏。論文は以下から、PDFファイルでダウンロードできるので、是非お読みいただきたい。

http://mercury.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~bussei.kenkyu/wp/wp-content/uploads/2020-082101v3.pdf

この「小田垣論文」については発表当時、テレビ朝日「モーニングショー」などいくつかの番組で取り上げていたが、その後、この論文に示された提言を積極的に取り入れる形で政府の政策が進んでいないのは、とても残念なことだ。

論文中には「連立微分方程式」などが出てくるので「難しい!」と思われるかも知れないが、この論文の狙いを一言でまとめれば、要するに「未感染者(S)、市中感染者(I)、隔離感染者(Q)、回復者+死者(R)で数理的モデル(SIQRモデルと呼ぶ)を立てて、色んな政策がどのように感染者の減少に寄与するかをシミュレーションしよう」ということである。

その結果は、論文の中の「表2」にまとめられている。これは「接触削減(x)」と「検査数増大(y)」という二つの政策を色んなバランスで組み合わせた結果の、感染者が1/10に減少するまでの時間を表している。

その結果は、検査を増やさない(現状のまま)ならば、

(1)「接触6割減(緊急事態宣言が出ていた頃の平均)+検査数は現状のまま」ならば31日、
(2)「接触8割減(北大の西浦先生の推奨する数値)+検査数は現状のまま」ならば23日、
(3)「接触10割減(つまり、完全な都市封鎖で全員が家に閉じこもる)+検査数は現状のまま」ならば18日。

で感染者数を1/10に減少させることが出来ることが分かった。ところが、

(4)「検査数を現状の4倍に増やす+接触制限は行わない(つまり外出自粛などしなくても良い!)」という政策を取れば、たったの8日間で感染者を1/10に出来る、というシミュレーション結果が得られた、ということである。

最後の(5)「検査を2倍にして、接触を5割減」というケースは、検査数を2倍にするだけでも、「ロックダウン」のような完全な行動制限をかけるよりも、感染者の減少に効果がある(18日対14日)ということを示している。

つまりこの論文全体として言えることは、「検査数を拡大する方が、ロックダウンのような行動制限によって接触を減らすよりも感染者の減少には効果的である(そういう主張の理論的・数理的根拠を示した)」ということである。

この論文は公開されていて誰でも読むことが出来るので、もしその内容に異論があれば根拠を示して反論することもできる。どんな科学的な主張も100%正しいということは言えない、というのが科学の常識であるから、議論は常にオープンに行えるようになっていなければならないのである。

こういった、科学的、合理的な考察や知見に基づく政策こそが、今求められている。そのような、合理的で、国民が納得できる政策を実行できないならば、それは政府の不作為であり、責任放棄であると言わざるを得ない。

(2020.8.19)